社長のなんでも日誌

仕事に追われる日々ですが、心に留めておきたい、そんな言葉を綴っていきます。

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あの日

 あの日から2年が経過しました。2年前の3月11日はかなり
寒かったのを覚えています。巨大な自然の力に翻弄された
あの日、私たちはその力の前にあまりに無力でした。そして、自分たち
が知恵を結集したはずの新たな炎が、自分たちがとても制御できない
怪物であることを知ったのです。あの悲劇の日が私たちに残した
ものは教訓というには、あまりに苛酷な現実でした。
 私たちは、あの日、2万人以上の同胞の死を目の当たりにしながら
なすすべがなく、長期にわたって、ふるさとを奪われた同胞
にむかって、いまだにかける言葉も見あたらないのです。
 あの日から2年経った今、何が変わったのか?
確かに道路はかなりきれいになってきました。生活に不便は
ありません。株も上がってきました。デフレ脱却の機運も
盛り上がってきています。でもそれで、復興を果たしたとは
とても言えないでしょう。たとえオリンピックが開催されても
復興がなったとは言えないでしょう。
 教訓というにはあまりに過酷な現実を、それでも私たちは
それを教訓にして子孫に伝えていかなければなりません。
いったい何があの自然災害を増幅させたのか?
自分たちがつくったシステムにあまりに不備が多かったことを
私たちは反省し正していかなければなりません。
 何故あの原発の暴走を止められなかったのか?
そもそも、原発が何故、かくもたくさん地震国である日本に建築
されなければならなかったのか?そして建築ありきで進行してしまう
原発立地計画。規制らしき規制もなく建築が許可されてしまうことに
何故だれもストップをかけられなかったのか?全部自分たちの作った
システムが欠陥だらけだったからです。
 そういう欠陥だらけのシステムが改善され、既得権益で肥大した
権益受益者の多くにメスが入り、ゆがんだ規制の多くが改善されない限り、
この国が復興したとは言えないでしょう。
足元で少しばかり景気が回復したとしても、いつかは、欠陥だらけの
システムがボロをだしてしまうはずです。あの日あの巨大な自然災害
が教えてくれたことは、自然の猛威は覆い隠していた脆弱な人間のシステム
を洗いざらい衆知のものにしてくれるということ。そのことを後世に
伝え、私たちは、より強いシステムを築き続けなければならないのです。
 

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  1. 2013/03/09(土) 11:48:00|
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